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カテゴリ:いろんなこと( 221 )
笑顔写真家かとうゆういちさんの写真集『笑顔咲く。』
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日本の各地で生活しながら人々の笑顔を集めて旅をする、
笑顔写真家かとうゆういちさんの写真集『笑顔咲く。』が発売になります。

2011年、
当店でもトークラブをおこなった彼の写真集は、
地域のささやかな暮らしの中にある喜びや笑顔を、
人々との交流のエピソードを交えて綴る、
全192ページフルカラーの力作とのことです。
お子さんの生きた社会科の教材にとご予約された方もいらっしゃいました。

写真集『笑顔咲く。』特設サイト

ネットから直接ご注文の場合、送料、代引き料含めて
2,960円(写真集・税込2310円+送料400円+代引き料250円)のところ、
当店からのお申し込みの場合、お店に直接取りに来ることが出来る方に限り、
一冊あたり400円お安い2,560円にてお買い求め頂けます。

ご希望の方はどうぞご利用ください。
当店での受付は11月30日までです。
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by nowhere-else | 2013-11-22 22:17 | いろんなこと
【あなたと話したいという想い。】
7/26(金)、
Sophie Hutchings ピアノ・コンサートに、
たくさんのご来場ありがとうございました。

クロスハンドや肘弾きなど、
形式よりも自身の世界観を表現することを大切にした
自由でエモーショナルな演奏。
音楽家の友人からは神がかり的演奏との声もありましたが、
個人的にはやはり「パーソナルな愛の物語」という印象でした。

お客さんと気さくに話す彼女には、人との接し方においても、
パーソナルな関係を大切にしている様子がうかがえますから、
結局はその人柄が、音楽に表れているということなのでしょうね。

            ***
nowhereでは、
音楽家の方もお客さんも同じテーブルを囲んで、
ホームパーティのような打ち上げしています。
世界的な音楽家というと緊張してしまいますが、
楽器から離れると皆さんいたって普通の方々。
実際に話してみると、彼らもまた、私たちと仲良くなりたい、
そう思ってくれているように感じます。

これからは、話が弾むような材料を、
打ち上げに用意しておこうかな、なんて考えていますので、
皆さん遠慮せずに話しかけてみてくださいね。


言葉が通じることはとても大切なことですが、
言葉自体は適当でも、意外に伝わるものでした。
むしろ大切なことは「あなたと話たい」という想いが、
ちゃんと相手に伝わっていること。
それに尽きるのではないか。
通訳なしでソフィたちと長い時間一緒にいた今回、
そんなことを感じておりました。

ちなみに英語ダジャレも結構ウケました。
もちろん相手は選びましょう。
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撮影:Tomoo Hannya
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by nowhere-else | 2013-07-29 12:58 | いろんなこと
【手紙について。】
 みのりの詩「言葉」に、
 「一日中、学校にも行かないで、
 起きてから寝るまで誰かに宛てて手紙を書いていたけれど
 もう、そんな日々は二度とこないような気がしています」
 という一節があるのを思い出した。

 「それは大学生のころのことで、誰かに宛てていたというより、
 自分の気持ちを確認するために書いていた、とも思っています。(略)
 返事は一切求めていません。
 もちろん、なんにも返ってこないのは嫌で、
 手紙に対して、手紙で返ってこなくても良い、ということです。
 私が送った手紙に、手紙が着いたよ、って電話が一本あれば、
 それで嬉しいんです。」
 (略)
 最後に、みのりが、
 「ひとりで行動できる人が、手紙を上手くかけるんじゃないかなあ」
 と一言、まとめた。 (木村衣有子「手紙手帖」より)


たまに手紙が届いたりすると、
自分も手紙で返さなきゃって少しプレッシャーに感じながらも、
結構嬉しかったりします。

それでも、相手の気持ちに見合う素敵な便箋がなかったり、
思いを綴るには言葉が拙すぎたりで、
すぐにメールで、そして短い文章で、返してしまうのですが、
この本を読んでいると、そんな時のために、
自分らしい便箋や、手紙専用のペンを、用意しておこうかなって思ってしまいます。

ほんの一、二行、書くだけでもいいのですね。

木村衣有子さんの「手紙手帖」。
2005年ごろの本らしく、実際のお店などの情報は古くなっているかもしれませんが、
手紙を書くことが特別なことではなくなりそうな、素敵な本でした。
総曲輪ブックエンドさんで購入。

お店のどこかに、置いておきますね。
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by nowhere-else | 2013-04-22 12:41 | いろんなこと
【ヨガについて。初心者編。】
先日ようやく3回目のヨガに挑戦しました。

1回目はただキョロキョロ。3日間筋肉痛でした。
2回目はたっぷり熟睡した後みたいに体が軽く。
そして先週の3回目。
2年かけて入れ替わるとかいう全身の細胞が、
わずか1時間半で入れ替わってしまったかのような、
そんな爽快感がありました。

ヨガって一体何なのですか?
あまりの気持ち良さに尋ねてみると、先生曰く。

  「生きること。生活すること自体がヨガ。
   つまりは生き方。夜道を照らす灯りのようなもの。
   ヨガのコースで行うのはあくまでアーサナ(ポーズ)。
   心身のバランスを整え、瞑想に導く、
   緊張をゆるめるためのポーズです。」


・・・。

ヨガの理解を生き方のレベルにまで高めるには、
300年ぐらいかかりそうですが、
ヨガのコースから一日経ち二日経ち、
再び疲労が蓄積されていく感覚が、
やけにはっきりと感じられることからも、
ヨガの高い疲労回復効果、もしかしたらデトックス効果、
の、ようなものを、感じずにいられませんでした。

隅から隅まで肺を、
酸素で一杯にするように息を吸うこと、また空っぽにすること。
指先や、背中や、ひざの裏側にまで、きちんと意識を行き届かせて、
身体をコントロールすること。そして、深い呼吸を繰り返すこと。

難しいことはさておき、
ただただそうしているだけで、ヨガは、
身体の疲れやストレスから自分を解放してくれて、
自動操縦のようになってしまっている身体を、
生活による支配から自由にしてくれるもの。
本来の自分の状態へと戻してくれるもの。

まだまだ3回目の初心者の、現段階でのヨガの印象でした。

なんだかよく分からないけど気になるな、という方は、
とりあえず3回ほど、やってみてはいかがでしょうか。
身体の固さは全然関係ないような気がします。(カチカチ店長談)

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さてnowhereでも、
ゆったりしたヨガコースをやっています。
カフェ付きで、毎週木曜日の夜開催です。
お気軽に、ぜひどうぞ。
===============
【カフェヨガ at nowhere】※予約が必要です。
ゆったりとしたペースで 身体のバランスを整えていくヨガです。無理なポーズは行わないので 初めての方や 体が固い方、男性の方でも安心。ヨガのあとには カフェでゆっくり余韻を楽しむ時間を設けています。
===============
■日時:毎週木曜日 19:30~21:00 (※HPにてご確認ください。)
■料金:¥1500(1ドリンク付)
■持ち物:ヨガマット、タオル(※マットのない方はご相談ください。)

===============
※ご予約・お問い合わせは、
 mail@nowhere-else.infoまで。
 お名前・ご連絡先・人数・ご希望の日を明記の上、お申し込みください。
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by nowhere-else | 2013-02-01 15:53 | いろんなこと
【簡素であることの豊かさ。】
醍醐寺からの帰りに、
タクシーの
運転手の言ったことばを考えた。
梅の開花が遅れとるようやけど、
言うても、梅のことやさかい、
時季がくると、それなりに、
そこそこは、咲きよるけどな……。

希望というのはそういうものだと思う。
めぐりくる季節は何をも裏切らない。
何をも裏切らないのが、希望の本質だ。
めぐりゆく季節こそわたしたちの希望だ。
死を忘れるな。時は過ぎゆく。季節はめぐる。

今夜は、団栗橋角の蛸長に、
花菜(菜の花)のおでんを食べにゆく。
  (長田 弘「賀茂川葵橋の橋の上で」『住む。』春号より)


毎号、表紙を開くとまず目に入るのが、
長田弘さんの短い詩で、それは語り部のように静かに、
あの、簡素で、そして豊かな世界に、ぼくらをいざなう。

いつからか「住む。」という雑誌を置いている。

長い歳月にも色あせずに受け継がれていく、
住まいのなかにあるべき、普遍的な豊かさを、
素朴で、質の高い、たくさんの住まいの写真から、
感じさせてくれる、そんな雑誌だ。

文字もぎっしり詰まっていて
一見小難しそうなので、ぼくもずっとぱらぱらと、
美しい写真をただ眺めていたのだけれど、
読まずに仕舞われていくには惜しいことばたちが、
あまりにたくさん散りばめられているので、
読んだことのない方は是非いつか、ちょっと覗いてみてほしい。
暮らしについての楽しい妄想が、きっと広がることだろう。

"いまあるもので、豊かに暮らす"
ということを、いつくしむ気持ちが、とても心地よい、
そんな雑誌だと思う。

           *

さて、5月27日に、
MayMayと富山に来てくれる、青木隼人さんの音楽は、
そんな"簡素であることの豊かさ"を、そのまま表したような音楽だ。

あの物静かな空間に、
ひとりぽつんとつっ立って、
ふわりてのひら空に開いて掴んだものを、
そっとテーブルに転がしたような、
そんな音楽が、きっとぼくらを包むのだろう。

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by nowhere-else | 2012-05-16 10:18 | いろんなこと
【「木は旅が好き」より。】

なにせ地球最後のその日にも、
いつも通りにお店を開いていようというほどなので、
オープンの記念日も、誰に伝えるでもなくいつも通りに開いたわけですが、
それでも皆さんから、たくさんの祝いのことばをいただきました。
みなさまありがとうございます。

お店は4月8日で7周年を迎えました。
そして、また新しい一年が始まっています。
“変わらないために、変わっていかなければならない。”
そんな謎解きみたいなことばを、最近耳にすることが多いからか、
この春は、“変化” について考えることが多いように思います。

そうでなくても、4月はどこか気もそぞろ。
なにか新しいことを始めたくなる、そんなときです。

ずっと気になっていた茨木のり子さんの詩集に、
これ以上はないであろうタイミングで出会うことができたので、
それでは、などと連れて帰って、お店の奥の棚にひそかに置きました。
その詩集のなかでもとくに好きな「木は旅が好き」という一篇は、
そんな“旅立ち”の心持ちを上手に表しているように思います。

ちょっとした不安のなかにあっても、
このわくわくやどきどきは、ほかに代え難い喜びを、
ぼくらに与えてくれるものですね。

         *
 木は いつも 憶(おも)っている
 旅立つ日のことを
 ひとつところに根をおろし
 身動きならず立ちながら

 花をひらかせ 虫を誘い 風を誘い
 結実を急ぎながら そよいでいる
 どこか遠くへ 
 どこか遠くへ

 ようやく鳥が実を啄(つい)ばむ
 野の獣が実をかじる
 リユックも旅行鞄もパスポートも要らないのだ
 小鳥のお腹なんか借りて
 木はある日 ふいに旅立つ ―― 空へ
 ちゃっかり船に乗ったのもいる

 ポトンと落ちた種子が
 <いいところだな 湖がみえる>
 しばらくここに滞在しよう
 小さな苗木となって根をおろす
 元の木がそうであったように
 分身の木もまた夢みはじめる
 旅立つ日のことを

 (茨木のり子「倚りかからず」木は旅が好き より抜粋)



さて、すっかり気に入って、
随分長い間続けていた「かぶ のスープ」ですが、
寒いと言ってももうすっかり春なのだし、少しは変えてみようかと、
かぶ はすり流しに、菜の花はお花蒸しにして、スープに浮かべてみました。

青々とした春の香りが、
旅立つ日のことを夢見させてくれるものになったでしょうか。

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by nowhere-else | 2012-04-11 23:48 | いろんなこと
【新しい友だちに。】
新しい友だちに、本を3冊借りた。
それほど大きくはないカバンから、
次から次へと文庫本を取り出して、僕に手渡す。
擦り切れた背表紙や、ちぎれかけてもなお外さずにいる帯、
そして、水気を吸ってわずかに膨らんでいるページ。
そんな密かな痕跡が、この本たちがどれだけその友だちを慰め、
長い旅を共に過ごしてきたのかを、そっと教えてくれる。

小さな文庫本を見つめる。
信用できてはじめて貸せるのだということばに、
この一冊一冊が、その人そのものに思えてくる。
いたわるようにページを開く。


日々、目まぐるしく通り過ぎていく、たくさんの出会いの中にも、
ほんのりと部屋を照らすあかりのように、あたたかく、
なにものにも代え難く、大切なものが、いくつか残る。

仕事の忙しさや、あてのはずれた計画や、
ちょっとした動揺、そして悲しい出来事のさなかにあってもなお、
それらをするりすり抜けて、ついには許されてしまう出会いに、
運命の必然を感じてしまうことも、ほんとうは少なくないのではないか。

あぁ、見つけた。
そのとき僕らは思う。

その小さなあかりで、僕らが、互いの足元を照らすとき、
きっとそこには、飾らない、偽りのないことばで想いを通わせる、
弱々しくも、確信に満ちた、喜びの時間があるはずだ。

別れをはらんだ、
この短い生の行脚の道程に、僕らは思う。
このあと二度と再び巡り会うことがなかったとしても、
そして、誰かがあなたを悪く言うことがあったとしても、
僕らはあなたをこころにとどめ、いつもあなたを褒めそやし、高め、
そして、あなたをしあわせにするものを、愛するであろうと。


レイ・ブラッドベリの物語に、出会いを歌ったこんな一節がある。
恋愛についてのものではあるけれど。

 人生には一夜だけ、思い出に永遠に残るような夜があるにちがいない。
 誰にでもそういう一夜があるはずだ。
 そして、もしそういう夜が近づいていると感じ、
 今夜がその特別な夜になりそうだと気づいたなら、
 すかさず飛びつき、疑いをはさまず、以後決して他言してはならない。
 というのは、もし見逃せば、
 ふたたびそういう夜が来るとはかぎらないからだ。
 逃した人びとは多い。たくさんの人びとが逃し、
 二度とめぐりあっていない。
 なぜならそれは天気、光、月、時刻というすべての条件、
 夜の丘と暖かい草と列車と町と距離が、
 ふるえる指の上で絶妙のバランスをとった瞬間にあらわれる夜だからだ。
                  (レイ・ブラッドベリ「生涯に一度の夜」より)


夜の町の靴音や、列車と自分を隔てるもの、
土や草の温度、そして想いにも質量があること。
そんな密かなささやきに、いつもこころを澄ませていられたら、
なにものにも代え難い、永遠にこころに残る出会いを、
僕らは、いつも、逃すことなく、抱きしめることが出来るのかもしれない。

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by nowhere-else | 2012-03-25 19:53 | いろんなこと
【とりつくしま。】

いつもの席に腰を下ろして、
ほかの本より随分時間をかけて、その本を読みながら、
その子は涙が止まらないようでした。

東直子さんの「とりつくしま」。
そのなかでは、死んでこの世に未練のある人は、
なにかモノにとりつくことが許されます。

「とりつくしま係」が僕に近づいてきて、
何にとりつきたいかと聞いたなら、僕は迷わず答えるでしょう。
何にもとりつきたくはないと。
自分のいなくなった世界で、
自分の不在を感じながら、
誰かに寄り添って生きるなんて。

ピッチャーの息子の中学最後の公式戦が見たいと、
滑り止めのロージンにとりついた母は、
愛する息子の手の中で、白い粉となって舞い散りながら、
その活躍を祈ります。

妻の日記にとりついた夫は、
妻のなかで少しずつ小さくなっていく自分の面影と、
やがて彼女の中に芽生える新しい恋の、その門出に立会います。

母は試合の結末を見ることなく、
空に舞い散り消えていく、最後のときに思います。

 あの子は、勝ったの?負けたの?
 ああ、でも、どっちでもいいな。陽一は、とてもよかった。
 いい球だった。いい試合だった。
 これからも、自分で考えて、自分で球を投げるんだ、あの子は。


日記になった夫は、
ふたりが交わしたたくさんの手紙と共に、その朝炎に焼かれながら、
最後にこんな風に思うのです。

 僕は、遠のいていく意識の中で、炎の向こうにいる希美子へ、
 最後の言葉を、思った。
 
 おめでとう。


僕はあらためて思います。

自分の人生が、ほかの誰のものでもないように、
ひとの人生もまた、あくまでその人のものなのだと。

人の幸せを祝福し、自分のための人生をいきようと。

「とりつくしま」、
本棚に新しく置きました。
今日も誰かのこころに届くでしょうか。

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by nowhere-else | 2012-02-15 00:22 | いろんなこと
【美しい「暮し」の創始者】
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スヰヘイ社さんの年末の古本市で手に入れた、古い「暮しの手帖」。
心配症のおばあちゃんのような語り口がとても興味深くて、
当時の編集長 花森安治のムック本を買ってきました。

ムック本の冒頭には、
花森さんのこんな言葉が掲載されています。

 あなたの身に飾るすべてのもの、服や帽子や靴、
 ベルト、バッグ、首かざり、ブローチから指輪、リボン、髪飾りなど、
 そうしたすべてのなかで、一番うつくしいのは、あなた自身、あなたの体、
 あなたの髪、あなたの顔、そして何よりも、あなたの眼です。
 あなたをくだらなく飾り立てて、
 せっかくの、その美しさを、こわしてしまわないように。
 若い美しさは、どれだけのお金を出しても、あがなえないもの。
 それを大切にしてください。
 それを、何よりの誇りにしてください。


そしてこの文章はつぎのように締められています。

 …それなのに、きょうも銀座の行き交いは、
 娼婦のように装うひとと、
 それをうらやむひとで満ちているではありませんか。
 女とは、女のよろこびとは、しょせん、そのように生き、
 そのように装うことしかないのでしょうか。
 私はそれを信じないのです。
 私はそれを信じたくないのです。
 若いひとたち、あなたの心の中に、
 ひそかに芽生えているものを思うからなのです。

            (「花森安治 美しい「暮し」の創始者」より)

若い女の子たちが話しているのが聞こえてきました。
「どんな人とつきあうかで女の人生ってすごく変わるよね…」

花森さんがそのように考えた背景には、
戦後まもない貧しかった日本がありますし、
直接の戦争体験や戦後の生活が、当然大きく影響していますが、
その体験こそが図らずも彼に、大きく時代が移り変わって、
ひとの暮らしが豊かになっても変わらない、
「こころのあり方」それ自体を、65年も続くこの雑誌のテーマに、
選ばせることになったのでしょう。

「娼婦」というのはとても難しい表現ですが、
彼が使ったこの言葉は、いつの時代でも、
男性にも女性にも当てはめて考えられる言葉で、
そして、どこに所属するかということではなく、
その生活の中での「こころのあり方」を説いたものだと、
そう捉えたいと思います。

            *
さて宣伝です。(笑)
nowhereのランチ・デザートが
「ナッツをちりばめたチーズケーキ」に変わりました。
(売り切れの場合は違うものになります。)
3層の異なった味わいが、なかなかご好評のため、
カフェタイムのスイーツとしても、期間限定でお出ししています。
そして「今月のおすすめコーヒー」は、ニカラグア。
先月人気だったメキシコ同様とてもバランスの良い豆で、
口の中に残る苦みがメキシコよりも少し強いでしょうか。
あわせてお楽しみください。

コーヒーを飲みながら、
たまには大人のお小言にも、耳を傾けてみたいと思います。
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by nowhere-else | 2012-01-25 13:27 | いろんなこと
【美味しさについて思うこと。】
契約農家の山崎さんの3年前の写真をネットで見つけた。
日に焼けて、いつも長めの白髪をなびかせているワイルドな今の山崎さんに比べると、
その山崎さんはどう見ても普通の疲れた(笑)おじさんだったので、
昔に比べてなんだか若返ったんじゃないですか、なんて聞いてみた。
すると山崎さん嬉しそうに、いま小学生が友達だからじゃないかな、なんて。

小学4年生になるお子さんの同級生たちとはもうすっかりお友達で、
いまでは我が子がいなくてもお呼びがかかり、
同級生のお誕生会には山崎のおじちゃんがケーキを焼くなんていう、
なんだか微笑ましい状況になっているそうだ。

そんな山崎さんが野菜を作っていたのだから、
小さなお友達みんなで野菜作りにチャレンジしよう、
なんていう発想が生まれてきたのは、
ごくごく自然な成り行きだったのだと思う。
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たまたま最初煮物で食べさせたから
甘みが増して余計美味しかったのもあるだろう、
なんて謙遜しながら、
ネギ嫌いの子供が
畑を手伝いはじめてから
ネギが好きになったのだと、
山崎さんは嬉しそうに話す。
自分が手をかけた野菜には、
きっと子供たちがそれまで知らなかった美味しさが隠れているのだろうな。
いまではその子、鍋の中を掘り返して我先にとネギを食べるようになったそうだ。

美味しさというのは「味」だけで成り立っているものではないようだ。

想像力に乏しい僕や、きっと今の子供たちの多くが、
スーパーに並ぶ野菜にどれだけ思いを巡らせてみても、
農家のおじさんの顔や、その苦労や喜びはなかなか浮かんでこないように思う。
それはきっと「自分たちが食べるものは自分たちで作る」当たり前の生活文化から、
僕らがずいぶん遠くに来たせいだ。

a0050955_838212.jpg命を育くむという経験を、
子供たち、
そして僕ら自身により多く与えてあげることが、
目には見えない豊かさや思いやりを、
僕らが取り戻していく大きな力となるような、
そんな風に思えてくる。


庭のハーブ畑から、
昨日ローズマリーとセージを収穫した。
定番の鳥レバーのパテを、いよいよはじめて自分の育てたハーブで作る。
露地栽培のハーブは、スーパーに並んでいる上品なハーブと違って
枝も太くて野性味が強いように思う。
最初はひょろりとしていた苗がどんどん太くつややかに、
そして葉を増やしていく様子は、とても愛おしいものだ。

葉をつまんで細かく刻んでいくいつもの作業にが、思いの外楽しいものになった。
美味しさもひとしおに違いない。
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by nowhere-else | 2011-06-25 08:19 | いろんなこと